医師の働き方改革 大学医局 整形外科 精神保健指定医 転科

5.野球部について

 私が赴任した時は、16年連続で名大が日本整形外科学会の東海地区予選を勝ち抜いていました。
 そのため、私は名大に勝てるチーム作りを行いました。自らノックをし采配を振り、その結果、地区予選決勝で名大に4対4までこぎ着ける状況となりました。この時はじゃんけんで勝敗決定が行われたのですが、優勝を目前にじゃんけんで3人連続負けてしまう悔しさを味わいました。
 遂に、教授就任2年目17年ぶりに名市大整形外科が地区優勝を飾りました。しかし、喜びも束の間で、残念ながら日本整形外科学会の野球大会が中止になってしまいました。その翌年もコロナ禍で大会が中止となりましたがコツコツと練習を重ね、今年の1月には工藤公康監督がお越しになられた際に、私たちの投手陣の投球フォームをチェックしていただきました。その甲斐もあり、今年は名大8対2で勝ち2年連続の優勝を果たしました。

地区大会の優勝時

6.関連病院の選択について

配電盤を利用した関連病院マップ

 全ての関連病院を名古屋市から通勤圏内にしました。それ以外の遠方の病院は、残念ですがお断りする形としました。
ご家庭などの事情により、遠方に行きたがらない(行くことができない)医局員が多いので、名市大整形外科に入局すれば一生、名古屋を生活拠点にできると安心感を抱いてもらえるような整備をしました。
 万が一、南海トラフ巨大地震が今後発生しても、関連病院が連携・協力しながら緊急時にも安定した診療を提供できる体制も同時に敷きました。

7.自由な医局への変革

 留学飲み会自由にしました。留学はいつでもどこでもいつまでも行っていいと医局員と約束し、今年の4月にはサーフィンをやりたい若い医師が沖縄へ留学しました。飲み会遅刻OK途中退席OKつまらなかったら帰るのOKの体制にすると、非常に盛り上がるようになりました。本当に参加したい人しか来ないため、毎回とても盛り上がります。

8.同門会の改革

 同門会では移入教授は全く歓迎されていませんでした。教授会で「おたくの同門会は伏魔殿やぞ」と耳にしてはいたものの、実際に参加して驚きました。同門総会の出席者は極めて少なく、同門会員は350名以上いますが140名以上が会費未納の実態がありました。最初に会費集めから始め、払わない方には脱会していただくことで、1千万円以上の集金を達成し、医局費が潤いました。また、同門会誌も豪華にして、内容の充実にも努めました。

9.大学への貢献活動

○医学部間交流の実施
 タイのコンケン大学と個人的に親しくしていたため、医学部間交流を締結し、6年生のBSLでコンケン大学に学生を派遣することにしました。現在、医局員も2名留学させ、医学を通して国際交流を図っています。
○大学創立の70周年の記念事業
 医局から200万円の寄付をし、医局員の個人的な寄付を不要にして医局員の経済的負担を無くしました。

10.私が目指すところ

 医局の大改革で、今は、“楽しく自由でアットホームな医局”に生まれ変わりました。就任時には、学長・理事長より毎年10名の入局者を確保できれば凄いぞと言われていましたが、お陰様で就任3年目20名の新入医局員を迎えております。 新専攻医は、私の就任以前は5~6名程度でしたが、本年4月は19名で全国3位になりました。1位は千葉大、2位は名大、3位は九大と名市大がランクインしています。「人が増えれば何でもできる 何でもできれば人は集まる」をモットーに皆で協力し、令和5年度専攻医が18名+専門医が2名2年連続20名の新入医局員を迎えます。
 私が考える理想のリーダーはまず、「己の欲せざる所、人に施すことなかれ」の考えで、嫌なことは医局員や医局長にやらせてはいけないと思っています。嫌なことこそ率先して教授が対応するべきであると私は考えています。また、医局員が教授(リーダー)の顔色を伺いながら仕事をしなければならない様ではいけません。さらに、「昔は普通に私たちがやってきたことを、なぜあなた達はできないのか」とは絶対に言ってはいけない言葉の一つです。「自分にとっての当然を他人にとっての当然と思うことなかれ」の考え方を常に胸へ刻んでおります。
 これからの時代の医局リーダーはどうあるべきなのか?、私は医局員の太陽でありたいと思っています。私が考えるに、教授は医局の雰囲気を明るくして、皆にエネルギーを与え光を当てて照らさなければならない存在です。しかし、リーダーとして自分が輝き過ぎることはよくないと私は思います。リーダーであるからこそ、自己顕示欲私利私欲を捨てるべきです。自分が光っているのはあくまでも医局員のためであると私は考えます。主任教授になったならば、自分の更なる業績は必要なく、いかに医局員に光を当てるかを考えるべきです。リーダーはどんなに辛くても光を照らし続ける存在でいなければなりませんので、教授は時に孤独で、忍耐力が必要です。そして、自分の身を削って光続けなければなりません。太陽が昇らない日は無いので、教授も毎日頑張り続けなければならないのです。医局員の太陽になれなければ、医局のトップは務まらないと私は考えております。
 以前、医事新報にも掲載していただきましたが、私は「家族のような医局」「日本一威厳の無い教授」を目指しています。医局員が自由に発言し、教授の私がそれをおおらかに受けとめるまさに“自由闊達な”名市大整形外科であり続けます。ビックボスである新庄剛志監督が「ファンは宝物」と仰っていますが、私にとっては「医局員は宝物」であり、もっともっと新しい宝物が欲しいですし、その宝物を大切に磨き育てていきたいと思っています。